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【監督】

★ジョージ・ダニング

【作画監督】

★ロバート・バルサー、ジャック・ストークス

【製作】

★アル・ブロダックス

【脚本】

★リー・ミノフ、アル・ブロダックス、ジャック・メンデルソーン、エリック・シーガル

【デザイン】

★ハインツ・エーデルマン

【制作】

★アップル・フィルムズ、キング・フィーチャーズ・シンジケート、TVCロンドン

【音楽】

★ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、ジョージ・マーティン

【声優】

★ジョン・クライブ(ジョン)、ジェフ・ヒューズ(ポール)、ピーター・バトン(ジョージ)、ポール・アンジェラス(リンゴとナレーター)、ランス・パーシバル(フレッド)、ディック・エメリー(ジェレミー、ブルー・ミーニー、マックス)

【製作費】

★25万ポンド

【プレミア上映会】

★1968年7月18日、ロンドン、ピカデリー・サーカス、ロンドン・パビリオン

★ゲスト、、、エリック・クラプトン、ビージーズ、キース・リチャーズ、メリー・ホプキン、ジェイムズ・テイラー、ツイッギー等約200人。

【公開日】

★英国1968年7月17日 米国1968年11月13日 日本1969年7月19日

【テレビ放映】

★本国イギリスでTV放送されたのは劇場公開されてから6年経った1974年4月15日。復活祭翌日の祝日、BBC1で午後7時40分から9時4分まで放送された。BBCの週間番組情報誌「ラジオ・タイムズ」で「ディズニーの黄金期に匹敵する長編アニメ!」と絶賛された。

★アメリカでテレビ初公開されたのは1974年7月5日。CBSテレビの「フライデイ・ナイト・ムービー」内で午後8時1分から9時28分に放映。

【受賞記録】

★1968年度ニューヨーク映画批評家協会賞特別賞。1968年度ヒューゴー賞映像部門ノミネート、1969年グラミー賞映画・テレビ・サウンドトラック賞ノミネート。

【エピソード】

★当初スタッフは「All You Need Is Love」をテーマにしようとしていたが、リンゴが「Yellow Submarine」をテーマにするように提案した。リンゴの提案が採用されてからは、自分の歌う曲がテーマとなったことが相当うれしかったようで、トニー・バーロウによれば、リンゴはかなり高揚していたという。

★ビートルズがUA社と交わしていた「3本の主演映画」の契約は残り一つとなっていた段階で、スタジオにおけるレコーディング・ワークに没頭し、すでに映画への興味を無くしていたビートルズは重い腰を上げなかった。そこへアル・ブロダックスの申し入れはブライアン・エプスタインにとっては渡りに船状態だった。「イエロー・サブマリン」というアニメ映画を提示したアル・ブロダックスに対して、エプスタインは4曲の新曲を提供する契約を結んだ。

★アル・ブロダックスはアメリカのアニメ・プロダクション「キング・フィーチャーズ・シンジケート社」の社長であり、「アニメ・ザ・ビートルズ」の制作した際の契約に「テレビ・アニメが上手くいったら長編アニメの製作を許可する」という条項を持ってエプスタインと交渉した。

★そもそもビートルズ側はアニメ映画に乗り気ではなかった。これはアメリカで放映中の「アニメ・ザ・ビートルズ」が大嫌いで、製作者のアル・ブロダックスが今回の映画「Yellow Submarine」も担当することを知り、くだらないアニメになるんじゃないかと心配していた。

★当時のビートルズは、アルバム「Sgt. Pepper~」のレコーディングとTV映画「Magical Mystery Tour」の製作とサウンドトラックのレコーディングなど多忙を極めており、アニメ映画に携わる余裕は無かった。

★ジョージ・マーティンによればレコーディング中にボツになりそうな曲が出来上がると「それはYellow Submarineにまわしとけ」と本気ともジョークとも取れる発言をしていたという。

★最後に実写のビートルズが登場するが、アニメ映画に関心が無く侮っていたメンバーが実際の出来が想像をはるかに上回っていたことに驚いて、急遽撮影されたと言われている。

★実写出演に至った経緯には別の説があって、エプスタインが最初にアニメ制作の契約をした際に、実写での出演シーンが条件に入っていたとの情報もある。

★作品の出来にかなり満足していたメンバーだが、特にジョンは自書「スパニアード・イン・ザ・ワークス」を基にした第2弾のアニメまで構想していたという。

★監督、プロデューサーをはじめ多くのスタッフは、アメリカのTVアニメ「The Beatles」のスタッフでもあった。

★監督のジョージ・ダニングをはじめとする主要スタッフは、ステージ活動をやめてビートルマニアの熱も落ち着いてきた様子から、ビートルズ人気も下火ではないかとアニメ制作に力が入らなかったが、ジョージ・マーティンの招待によりEMIスタジオでリリース前のアルバム「Sgt. Pepper~」を聴き大きな衝撃を受け、ビートルズの大きな進化に見合う作品を作ろうとの意欲が湧いたそうである。

★製作期間はわずかに11カ月しかなく、イギリス中からアニメーターがかき集められ、その数はアニメーター40人、テクニカル・アーティスト140人にも上った。

★脚本はエリック・シーガルが担当しているが、実は脚本担当がエリックに決まるまで、39人もの脚本家に断られている。脚本がなかなか完成しないまま、時間がないことからアニメーターらのスタッフは脚本が無い状態で「Sgt. Pepper~」のイメージだけで仕事を進めていた。

★「Hey Bulldog」のシーンがカットされた理由については諸説あり、4つの頭を持つ犬が奇形を連想させ、TV放送された場合に問題になると判断。あるいはストーリーとかけ離れた内容だとか、戦いのシーンが多すぎるからカットしてくれとポールが依頼したとか。

★1970年代後半、主夫生活を送っていたジョンを現役復帰させたきっかけは、息子ショーンの「パパはビートルズだったの?」という言葉。これは幼稚園で「イエロー・サブマリン」をショーンが見たことから発した言葉。

【コメント】

★ジョン、、、「契約をこなすための映画だったけど、オレはこの映画が好きだね。アートワークがいいよ。あと一曲欲しいと言われたので「Hey Bulldog」を提供した。サウンドがいいだろ?歌詞に意味はない。」

★ジョン、、、「全部を吸い込むあのモンスターはオレのアイデアだ。誰かにモンスターのアイデアはないかと聞かれた時にプール用の掃除機を見て思いついたんだ。」

★ポール、、、「映画ではビートルズが伝説上の人物のように描かれている。アニメのキャラクターになるってことは、それだけで伝説になってしまうようなものだけどね。」

★ポール、、、「今でも十分に鑑賞に耐えうる作品だし、驚くほどモダンだ。」

★ポール、、、「ボクはアニメが大好きだ。ディズニー映画が大好きだから、アニメを作るという話を聞いたとき、史上最高のディズニー・アニメになる可能性もあると思った。しかもボクらの音楽を使って。でも彼らが考えていることは違った。もっとPepper的な方向に進むということだったから、「既存の曲を使ったらどう?」と言ったんだ。」

★ポール、、、「子供たちのビートルズ入門としては最適だね。キャラクターがすごく面白いし、子供にも理解できる内容だ。(1999年)」

★ジョージ、、、「製作が終わりに近づいた頃にラストシーンを撮影した。ボクがポケットから穴を出したりするやつ。あの時、ブルー・ミーニーがシアターから出ていくのを見たよ。」

★ジョージ、、、「製作スタッフがアイデアの概念を説明し、キャラクターについての説明もしてくれた。彼らやプロデューサーのアル・ブロダックスとは1,2回ほどのミーティングしかやらなかった。基本的にはボクらはほとんど関与していないんだ。」

★ジョージ、、、「ボクはこの映画が好きだ、名作だと思う。すべての世代が観られる映画だね。なんで自分の声をやらなかったのか分からないけど、おそらくプロがやったほうがしっくりくるんだろうね。ボクらの声もアニメっぽいけどね。」

★ジョージ、、、「子供たちは4歳や5歳くらいになるとこのアニメを見ていた。この先もきっと、どの世代の子供もミッキーマウスの映画を観るように楽しんでくれると思う。永遠の名作のひとつだと思う。」

★リンゴ、、、「多くの子供たちに、「何であの時ボタンを押しちゃったの?」って聞かれるよ。ボクが間違ってボタンを押してしまい、潜水艦の外に放り出されるシーンがあるだろ?子供たちは、あれが本当のボクだと思っているんだ。」

★ジョージ・マーティン、、、「エプスタインは映画のために4曲の新曲を提供するという契約を結んでいた。それに対するビートルズの反応はと言えば「OK,その辺の出来の悪い曲で間に合わせるさ。アニメのために無理して曲を作るなんて絶対にしないよ。例の映画にはこれで充分。これぐらいがちょうどいいんだよ。」そのために、この映画に使われた新曲は彼らの音楽の中でも最低の出来の歌をかき集めたものになったんだ。」

★ロバート・ヒエロニムス(教育者)、、、「この作品は我々の社会にシンボルとか神話が必要になったときにちょうど良いタイミングで登場した。1回でも100回でも御覧なさい。落ち込んだ心を引き上げ、時には高揚まで引き上げてくれます。」

★ロバート・バルサー(アニメーション・ディレクター)、、、「彼らは「アニメ・ザ・ビートルズ」をあまりにも嫌って、本国イギリスでの放送を認めなかったくらいです。彼らはハリウッド俳優がイギリス英語を話すのもひどく嫌って、「イエロー・サブマリン」にも関わるのを嫌がっていました。「イエロー・サブマリン」も放映時間が長いだけで、「アニメ・ザ・ビートルズ」と変わらないだろうと。私たちがやっていることを見に来た彼らは気を変えて、映画を支持するようになりました。そして彼らは「声はボクらにやらせてくれないか」と言いましたが、それにはもう遅すぎました。その時期にはもう声を録音することは出来ませんでした。」

★ロン・キャンベル(チーフ・アニメーター)、、、「子供の頃にこのアニメを見た人にたくさん会います。みんなとても熱狂的です。何百人もの人から、これを見た良き思い出話を聞きますね。」

★ジョン・ラセター(ディズニー/ピクサー代表)、、、「アニメファンとして、映画製作者として、私はイエロー・サブマリンに脱帽します。その革新的な仕事は、わたしたちみんなが今日享受するアニメーションのファンタジックで多彩な世界への道慣らしに一役買いました。」

★ライフ誌、、、「ビートルズは私の確信を裏付けてくれた。ジェネレーションギャップに架け橋を架けてくれた。彼らがこの必然的なことをやってくれたウィットとマナーに感謝。」

★ライフ誌、、、「この数十年のうちで最も素晴らしいアニメーションだ。長編としては飛躍的な進歩であり、無意識の心理に迫る芸術作品である。」

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