【音楽作品】
【Yoko Ono / Plastic Ono Band】
【コメント】
★リンゴ、、、「最高のグルーヴが生まれる瞬間があった。」
【Every Man Has A Woman】
【発売日】米国1984年9月21日
【収録曲】
(1)Every Man Has A Woman
★ジョン・レノン、、、「ダブル・ファンタジー」収録のトラックにサックスが付け加えられた。
(2)Silver Horse
★ハリー・ニルソン、、、「シーズン・オブ・グラス」収録曲。ドラムはジム・ケルトナー
(3)I'm Moving On
★エディ・マネー、、、「ダブル・ファンタジー」収録曲。ハード・ロック・ミュージシャンならではの迫力のカヴァー。
(4)Nobody Sees Me Like You Do
★ロザンヌ・キャッシュ、、、「シーズン・オブ・グラス」収録曲。
(5)Dog Town
★アルタネイティング・ボクシーズ、、、「シーズン・オブ・グラス」収録曲。
(6)Goodbye Sadness
★ロバータ・フラック、、、「シーズン・オブ・グラス」収録曲。ドラムにスティーヴ・ガットが参加。
(7)Walking On Thin Ice
★エルヴィス・コステロ・アンド・ジ・アトラクションズ、、、「シングル発売曲」。プロデューサーはアラン・トゥーサン。
(8)Wake Up
★トリオ、、、「イッツ・オールライト」収録曲。プロデューサーはクラウス・フォアマンで、ベースも弾いている。
(9)Dream Love
★ハリー・ニルソン、、、「イッツ・オールライト」収録曲。
(10)Now Or Never
★児童合唱団、、、「無限の大宇宙」収録曲。オリジナル発売当時に同録されたと見られ、バックはジョンとエレファンツ。メモリー。
(11)Loneliness
★ハリー・ニルソン、、、「イッツ・オールライト」収録曲。
(12)It's Alright
★ショーン・レノン、、、「イッツ・オールライト」収録曲。ショーン8歳のときに録音された。
【ヒット状況】米国75位(ビルボード誌)
★いわゆるトリビュート・アルバムで、ヨーコの曲を様々なアーティストのカヴァー曲が収録されている。他のアーティストにヨーコの曲をカヴァーさせることでヨーコの曲の良さを世間に知ってもらう、という生前のジョンのプロジェクトであったが、ジョンの死後その遺志を引き継いで生まれたアルバム。
【Yes,I'm A Witch】
【収録場所】
【収録日】
【発売日】
【プロデューサー】
【エンジニア】
【テープ・オペレーター】
【チャート状況】
【収録曲】
(1) Witch Shocktronica intro ウィッチ・ショックトロニカ (イントロ)/ Hank Shocklee
★原曲は1974年レコーディングの「A Story」に収録の「Yes, I'm A Watch」。東洋の魔女などと揶揄されていたことを逆手に取ったタイトル。
(2) Kiss Kiss Kiss キス・キス・キス / Peaches
★原曲は1980年リリースの「Double Fantasy」に収録されていた。2002年にリリースされたリミックス・ヴァージョンはビルボードのダンス・チャートで20位を記録した。
(3) O'Oh オー・オー / Shitake Monkey
★原曲は1992年にリリースされた「Ono Box」に収録されていた。
(4) Everyman Everywoman エヴリマン・エヴリウーマン / Blow Up
★原曲は1980年リリースの「Double Fantasy」に収録されていた「Every Man Has A Woman Who Loves Him」。
(5) Sisters O Sisters シスターズ・オー・シスターズ / Le Tigre
★原曲は1972年ジョンとの共作でリリースした「Sometime In New York City」に収録。
(6) Death Of Samantha サマンサの死 / Porcupine Tree
★原曲は1973年にリリースされた「Approximately Infinite Universe」に収録。シングル盤でも発売された。
(7) Rising ライジング / DJ Spooky
★原曲は1995年にリリースされた「Rising」に収録。このアルバムにはショーンも参加している。
(8) No One Can See Me Like You Do 二人の絆 / The Apples In Stereo
★原曲は1981年リリースの「Season Of Glass」に収録。
(9) Yes, I'm A Witch イエス、アイム・ア・ウィッチ / The Brother Brpthers
★原曲は1974年にデヴィッド・スピノザのプロデュースで製作。1997年にリリースされるまで長らくお蔵入りになっていたアルバム「A Story」に収録されていた。
(10) Revelations リヴェレーションズ / Car Power
★原曲は1995年にリリースされた「Rising」に収録。
(11) You And I ユー・アンド・アイ / Polyphonic Spree
★原曲は1985年にリリースされた「Starpeace」に収録。
(12) Walking On Thin Ice ウォーキング・オン・シン・アイス / Supiritualized
★原曲は1981年にシングル盤としてリリースされた。2003年にダンス・リミックス・ヴァージョンがリリースされたときはビルボード・ダンス・チャートで1位を獲得している。
(13) Toy Boat トイ・ボート / Antony And The Johnsons
★原曲は1981年リリースの「Season Of Glass」に収録
(14) Cambridge 1969/2007 ケンブリッジ 1969/2007 / The Flaming Lips
★原曲は1969年リリースの「Unfinished Musig No.2 : Life With The Lions」に収録されている。ジョンとヨーコがケンブリッジ大学で行なったアバンギャルド・ミュージックのライブ録音だった。
(15) I'm Moving On アイム・ムーヴィング・オン / The Sleepy Jackson
★原曲は1980年リリースの「Double Fantasy」に収録されていた。
(16) Witch Shocktronica Outro ウィッチ・ショックトロニカ (アウトロ)/ Hank Shocklee
★原曲は1974年レコーディングの「A Story」に収録の「Yes, I'm A Watch」。
(17) Shiranakatta (I Didn't Know) 知らなかった / Craig Armstrong
★原曲は1973年にリリースされた「Approximately Infinite Universe」に収録。
【エピソード】
★収録曲は既発売のヨーコの曲にさまざまなDJ、アーティスト、らがまったく異なる音源をミックスしたもの。ヨーコのオリジナル音源に自由に手を加えても良いという指示が与えられていた。
【コメント】
★ヨーコ、、、「彼ら(アルバムに参加したアーティストたち)はインディーズ・ミュージックのスーパースターです。彼らがやってくれたことをうれしく思います。強力な人たちばかりなので、とてもクリエイティヴで力強いCDが出来ました。私は、それらのひとつひとつに感情的に圧倒されました。多くのアーティストは自分の曲をいじられたくないという気持ちがあるのですが、私は彼らが私の曲を取り上げて聴きこんでくれたことに、ただただ感謝します。」
【音楽作品(シングル盤、アルバム未収録曲)】
【Open Your Box】
【作詞・作曲】
【収録日】
【収録場所】
【レコーディング・メンバー】
【エピソード】
★当初、1971年3月5日にジョンのシングル「Power To The People」のB面として発売予定であったが、歌詞が下品だということでEMIが修正を要求し、ボーカルの録り直しとなり発売は延期された。EMIの代表取締役フィリップ・ブロディは「オリジナルの歌詞は悪趣味」だと批判した。
★3月6日、アップルのスポークスマンはレコーディングをやり直した経緯を説明した。「オリジナルの歌詞は「ズボンを開け、スカートを開け、脚を開いて股を開け」でした。それぞれ最後の言葉をジョンとヨーコの了解を得た上で、家、教会、湖、目、に変えました。ジョンとヨーコは、とにかくレコードを出したがっていましたから、検閲には反対しませんでした。」
★アップルがイギリスのDJたちに配布した試聴盤は、誤って検閲前のものが渡ってしまった。
【Listen,The Snow Is Falling】
【作詞・作曲】
【収録日】1971年10月29日~
【収録場所】ニューヨーク、レコード・プラント・スタジオ
【レコーディング・メンバー】
ジョン・レノン(ギター)
ヨーコ・オノ(ヴォーカル)
クラウス・フォアマン(ギター、ベース・ギター)
ニッキー・ホプキンス(ピアノ、チャイム)
ヒュー・マクラッケン(ピアノ、チャイム)
【エピソード】
【Will You Touch Me】
【収録日】1971年11月
【収録場所】ニューヨーク、グリニッジ・ヴィレッジのアパート
【レコーディング・メンバー】ジョン・レノン(アコースティック・ギター)、ヨーコ・オノ(ヴォーカル)
★アルバム「Fly」がCD発売された1998年のボーナス・トラックとして収録された。
【Hell In Paradise】
【発売日】2004年6月29日
★ダンス・リミックスとしてアメリカで12インチ・シングルとして発売された。
【チャート状況】
★2004年7月3日、ビルボード誌「ホット・ダンス・ミュージック/クラブ・プレイ」チャート第4位。
【ステージ・パフォーマンス】
【WBAI支援チャリティ・コンサート】
★1973年5月27日、ニューヨーク、オフ・ブロードウェイ
★ニューヨークの公共ラジオ局「WBAI」を支援するために開かれたコンサートで、キャピトル・レコードがスポンサーとなった。
★セットリスト、、、「Looking Over From My Window 」「What A Bastard The World Is」「Catman」「Death Of Samantha」「Kite's Song」「Is Winter Here To Stay」
★バックバンドはエレファンツ・メモリー。
【ヨーコ・オノ&ザ・プラスティック・オノ・スーパー・バンド、ジャパン・ツアー1974】
【バンド・メンバー】
デヴィッド・スピノザ〈ギター〉、スニーキー・ピート〈スティール・ギター〉、ケン・アッシャー〈キーボード〉、マイケル・ブレッカー〈テナー・サックス〉、ゴードン・エドワーズ〈ベース〉、ジム・ケルトナー〈ドラムス〉
【ツアー日程】
8月5日、郡山開成山球場
8月6日、大阪厚生年金会館
8月9日、名古屋市民会館
8月11日、中野サンプラザ
8月12日、東京厚生年金会館
8月16日、広島県民体育館
★このときジョンはまだメイ・パンとニューヨークで暮らしていた。ヨーコは8月3日にバンド・メンバーとともにニューヨークから東京へ向かった。
★8月5日のステージは郡山で開かれたロック・フェスティバル「ワン・ステップ・フェスティバル」の2日目に出演。
【グリーニング・オブ・ザ・ワールド】
★1990年12月21・22日 東京ドーム
★出演アーティスト ヨーコ・オノ、マイルス・デイビス、ホール&オーツ、リンダ・ロンシュタット、ナタリー・コール、ショーン・レノン、細野晴臣、高橋幸宏、久保田利伸、上田正樹、甲斐よしひろ、小野リサ、喜納昌吉、宇崎竜童、シーナ&ロケッツ、財津和夫、佐野元春等
★フジテレビ主催のイベントで、ヨーコが提唱した地球緑化キャンペーンの一環として行なわれた。
【ピッチフォーク・ミュージック・フェスティバル】
★2007年7月14日、シカゴのユニオン・パークで行われたフェスティバルの2日目のヘッド・ライナーとして出演した。
★1曲目は「Give Peace A Chance」で、その後は「Walking On Thin Ice」「Mulberry」「Don't Worry Kyoko」「Happy Xmas (War Is Over)」などが演奏された。
【ヨーコ・オノ 77th バースデー・コンサート】
★2010年2月16日、ニューヨーク、BAMオペラ・ハウスで行われた。
★コンサートは2部構成で行われ、1部はヨーコ中心のステージ。「It Happened」「Walking On Thin Ice」など、メドレーを含む9曲を披露した。「Rising」ではゲストとして細野晴臣氏が登場した。
【作品展】
【ディス・イズ・ノット・ヒア】
★1971年10月9日から27日までニューヨークのエバーソン・ミュージアムで開かれたヨーコの展覧会。
★前日に告知の記者会見を開いたジョンとヨーコ。誉めないことで有名なニューヨークの美術評論家。「ヨーコの展覧会はさぞや芸術的だろう。ニューヨークのジメついて薄汚い瓦礫の中を縫う、サビだらけの配管のように」などの辛らつな言葉を書き連ねていた。
★未完成の絵画とオブジェの展示として、ヨーコの10年のキャリアを振り返るものだが、ジョンやリンゴも作品を出展。リンゴは緑色の水をいっぱい詰めたふたつのポリ袋、ジョージは「ミルクボトル」を出展するとカタログに記載されたものの、実際には出品されなかった。ジョンはビニール袋にピンクのかたまりを入れた「ナポレオンの膀胱」を出品。ボブ・ディランも自身のアルバムをジャケットから出して、レコードだけの形にして出品した。
【ドキュメンタ5】
★1972年6月29日~10月8日 西ドイツのカッセルにて。
【Have You Seen The Horizon Latery】
★1999年11月25日から、イスラエルのエルサレムにある「イスラエル美術館」
★過去40年間に制作した作品を公開した。
【Open Window】
★1999年11月27日から、イスラエル、ウムエルファーン
★対立するユダヤ人とアラブ人の対話を願い促すことをモチーフにした作品の公開。
★ペレス前イスラエル首相、、、「イスラエルにとって素晴らしい日です。ウムエルファーンに別の意味で焦点が当てられました。誤解から理解へという新しい見地から脚光を浴びることが出来ました。」
【YESオノ・ヨーコ】
★2000年にニューヨークのジャパン・ソサエティ・ギャラリーからスタートして、全米各地を巡回(北米6ヶ所で50万人を動員)。大反響を呼んだ「YESオノ・ヨーコ展」が2003年には日本で開かれた。
★1960年代から近年までの活動を紹介する本格的な回顧展である。
★日本では10月23日から翌2004年1月12日まで茨城県の「水戸芸術館現代美術ギャラリー」で開催された。
★1月27日から3月28日までは、広島市現代美術館で開催された。会場ではヨーコから広島へのメッセージ・ビデオが上映された。
★4月17日からは「東京都現代美術館」で開催され、ヨーコ自身も来日。オープン前日に記者会見をおこなった。
★ヨーコ、、、「私の経験から作っていったものというのが、何かの形で日本の方の勇気付けになり、またインスピレーションになればいいと思っています。アートというものはインターナショナルなもので、立場というものは無くて、その美によって持っているエネルギーによって、誰とでもコミュニケートできるし、何かを与えることができる。それが私たちアーティストが考えていることなんだと思います。」
★ヨーコ、、、「yesってことは結局noじゃないってことで、みなさんが私のことを楽観的な人だと思って。ただイエスと言っているだけじゃなくて、私たちが自分を救うにはイエスっていう他ないんですね。ノーって言うことは人生を否定的に考えることで何のためにもならないと、私たちが人類として自分たちを救っていくためには肯定的でなければならないと、そういうふうに思っています。イエスっていうのは絶対にがんばらなくちゃならないという、ギリギリのイエスなんです。」
★2004年7月17日から9月12日までは鹿児島県霧島アートの森で開催され、名前が「ようこ」の人は入場料が無料となった。
★1960年代から最新の作品130点が紹介され、ヨーコの作品では「観客が参加して成立する作品」という内容が代表的だが、そうした作品が多く展示された。
★ヨーコ、、、「Yesってことは結局Noじゃないってことで、ただYesと言っているのではなくて、私達が自分を救うにはYesっていう言葉以外にはないんですよね。Noっていうのは人生を否定的に考えることで、何の役にも立たない。私達が人類として自分達を救っていくためには肯定的でなければならないと、そういうふうに考えています。Yesっていうのは絶対に頑張らないといけないという、ギリギリのYesなんです。」
【オデッセイ・オブ・ア・コックローチ】
★2004年、2月5日から3月7日、ロンドンのICAギャラリー
★ゴキブリの目線で見たニューヨークの街角を写真や像で表現したもの。
【色を加える絵画「I Love U」】
★2004年、4月20日から5月30日まで、東京表参道の「ギャラリー360°」で開かれた個展。
★ギャラリーの壁面に「I Love U」とくりぬかれた白いアクリル盤が固定されており、会場に用意されたサインペンや絵の具で来場者が思い思いに色を付けていく。来場者参加型のアートで、5月30日の個展最終日に完成となる。
【リメンバー・ラヴ】
★2004年5月29日から8月8日まで、スウェーデンのストックホルムで開かれた個展。
★ヨーコは「リメンバー・ラヴ」というタイトルについて「世界の始まりに、たった一つの言葉がありました。それは「神」だと言われています。私はそうだとは思いません。その言葉は「愛」だと信じています。」と語った。
【講演会】
【シドニー・ビエンナーレ2000 2000年5月26日 オーストラリア シドニー オペラハウス】
★インターネットでも同時中継され、パフォーマンスを交えた興味深い内容だった。
【いつもあなたが知りたかったこと 2004年10月16日 新宿住友ビル 朝日カルチャーセンター】
★抽選によって集まった200人の観客を前に、まずは挨拶代わりのパフォーマンスが行なわれた。人と人との関係を椅子を使って表現したユニークなもの。
★会場の観客から直接質問を受け付けて回答した。Q、、、「ヨーコさんの本を読んでいると、いろいろひどい目にあっているのに、なぜそんなに強くいられるんですか?」。ヨーコ、、、「私は決して強くないですよ。むしろ弱いですね。強くないから考えてできる限りのことをします。私は弱者であるから、私は人生の片隅に座って生きてきたのです。弱者は周りに注意を払うんです、わかりますか?」。Q、、、「差別意識をどう思いますか?」。ヨーコ、、、「優越感も劣等感もつまらないですよね。私たちは超能力を持つ動物としての誇りを持つべきです。」。Q、、、「世界をひとつだけ変えられるなら?」ヨーコ、、、「楽しく生きられるようにしたいですね。天国を地上に持ってきたいという野望があるんです。人間なんていなきゃいいなんていわれる事もありますが、人間が誕生してから現在までやってきたことは、すごいことです。人間はすごいのです。人間には美しいものを作りたいという欲望があります。そして現代は破壊と癒し、どちらが勝つかの競争ですね。」
【書籍】
【グレープフルーツ】
★1971年7月19日、アップル本社で「グレープフルーツ」についての記者会見をジョンとともに行なう。ジョン、、、「この本は1964年に限定版で出版されて、昨年に改めて出版された。この国では2,000部、アメリカでは5万部売れているんだ。アメリカではまじめに受け止められているぜ。」ジョン、、、「イギリスではボクは賭けに勝って大儲けした奴だと思われている。彼女は大儲けした男と結婚できたラッキーなジャップだ。だけどアメリカでは、ボクらふたりともアーティストとして扱われているんだ。」
★ヨーコ、、、「この本で言いたいことは、誰でもアーティストになれるということです。アーティストとは、心の持ちようなのです。ニューヨークではこれをトイレで読む本と言ってますけれど。」
【ヨーコとビートルズ】
★2007年のインタビューで初めてビートルズに会ったときの印象を聞かれ、、、「みんなユーモアのセンスが素晴らしくて驚きでした。音楽家というのは固い人が多かったですから。でも彼らは気軽だったんです。」
★ビートルズ解散の要因を作ったと非難されていたことについて、ジョンの偉大なキャリアの前ではたかが知れていることだとした。また、ヨーコがジョンに大きな影響を与え、ジョンを変えてしまったとされていることについて、ジョンこそがヨーコに大いなる影響を与えたのだと主張している。ヨーコ、、、「人々がなんと言おうと、私はジョンにそれほど影響を与えたとは思いません。私は彼を通して信じられないほど素晴らしい世界を発見しました。彼はいつも世界の人々を相手にしていました。それは、とても興味深いことです。」
★ヨーコはロンドンのインディカ・ギャラリーで個展を開いていた。オープンの1時間前に画廊のオーナーがジョンとともに入ってきた。ドカドカと入ってきたジョンにヨーコは不愉快だったという。
★ヨーコの作品「釘を打つ絵」の前でジョンが立ち止まり、ヨーコに対し「釘を打ってもいいですか?」と聞くジョンに「まだオープン前なので困ります。」とヨーコは答えた。
★残念そうなジョンがちょっとかわいそうになったので「5シリング払ってくれれば打っていいですよ」というと、お金を持っていなかったジョンは「概念のお金を払うから、概念の釘を打ってもいいですか?」と聞いた。ヨーコは「いいですよ。」と答えた。
★ヨーコはジョンのことを知らなかったようで、ディスプレイを手伝ってくれたアートスクールの生徒たちが「ビートルズのジョン・レノンです。」と教えてくれた。
★ファンから「Revolution9をなぜビートルズとして発表したのか?あの曲は駄作だ曲じゃないと言っている批評家もいるが。」と質問され、ヨーコ、、、「批評家の意見に左右されてはいけません。それはあくまでその人にとってどうだったか、ということですから、もしあなたが素晴らしいと思っているものを批評家がゴミだと言っても、何の関係もありません。あなたにとってその批評家がゴミなわけです。自分の意見を正しく持ってくださいね。」
【語録】
★1972年1月31日、ニューヨークでの記者会見、、、「お金ではなく愛の力で世界を変えようとしているのだと、私たちは示してきたのです。私たちは声を張り上げて叫ぶだけの変人ではありません。バランスの取れた生活というものを考えています。毎日の生活を通して、だんだんと変えていこうと。一緒にやりましょう。一緒にやらないといけないのですから。」
★「ひとりで見る夢はただの夢。一緒に見る夢は現実になる。」
★2004年、ジョンから与えられた音楽的影響について、、、「それは批評家の考えることですね。つまり、私にはわからないし、ジョンにもわからないと断言できます。しかし私たちが一緒にいたこと自体が影響となったことは確かです。私たちは互いに敬意を持っていたので、それを表現したのです。なぜなら私たちはアーティストなので、言うべきではないことはお互いわかっていましたから、そして、いつでも励ましあっていました。」
★2006年11月、、、「本当に優しい気持ちの若い人達がイジメられたりして、そのイジメっていうのが問題になっていると思うのですが、私に言わせていただくと私は世界全体からイジメられたことがあります。やはり辛い思いはしましたけれど、一方では頑張っちゃおう!って気持ちもあったわけです。ですから、どうか頑張ってください。一緒になっていろいろやりましょう。一緒にやって面白いことが出来れば、人をイジメるなんて程度の低いことに面白さを感じることは無いと思います。もっと素晴らしいことができるのが人生だとわかっていただきたいと思います。」
★2006年11月、「人と同じことをしなくていいんです。今の人たちは同じことをしないのが立派だと思います。だからアートが廃れているんではなくて、アートという特別なやり方ではなくて、個々の人間として男か女か一個人の社会にいる人間としてそういうことをやっているというのが、今の人のすごい革命だと思いますね。」
★2006年11月、、、「自分のアートというものに大きな確信を持っていました。仕事と言うのは非常に大事で、何でもいいから何か仕事を持っていただきたいです。私にとっての大事な仕事は「Dream Power」。「夢なんかで世界を変えるなんてバカじゃないか」と言う人もずいぶんいたと思うんです。夢の力は科学的に証明されてきています。人間の思う力、脳の力はすごいんですよ。」
★2009年、、、「(今の日本の若者に必要なもの、足らないもの)人生のマジックを信用していません。人生は長いといえば長いけど、100歳まで生きたとしても、山や木や海から比べたら本当に短いものなのです。その短い時間に自分が会った人たち、自分が愛したものはマジックなんです。大事にしてください。それはまず自分を大事にすることから始まります。」